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接岸断念!現代においてもインアクセサブル???

あの、あの、あの、最新型砕氷艦「しらせ」がなんと昭和基地への

接岸を断念した!との情報が


しらせ南極接岸断念 海氷厚く 18年ぶり(産経新聞)


AGB5003としてデビューから3年目、処女航海となる51次支援の際には

帰りの残燃料との兼ね合いから一時接岸不能か?とも言われたが何とか辿りつき

我々52次支援では苦戦しながらも予定より少し遅れての大晦日の接岸

そしてなんと53次支援では当初から厚い氷に苦戦し、砕氷して進むも風に

氷もろとも一緒に押し戻されてしまうという一歩進んで二歩下がる状態

なんとか砕氷を再開するもついに、本日昭和時間の正午に接岸を断念した

との事です。。。


shirase.jpg

さて、砕氷艦が昭和基地に接岸できなかったのは長い観測隊の歴史の中でも

35次に次いで今回が2回目。昨年は1月としては観測史上最短の日照時間を

記録したり、天気が悪い日が多かったですが、まさか今年しらせが接岸できない

なんて思ってもいませんでした だって世界屈指の砕氷能力ですよ


さて、これから越冬をするための資材などどうやって運ぶかが大問題

例年2機ある自衛隊ヘリCH-101も今年は1機しか搭載されていない

観測隊がチャーターしているのは昨年同様小型機1機(オーストラリアの民間会社)

当然ヘリで運べない荷物もあるから長距離の氷上輸送も必要?ましてや例年なら

接岸後にパイプラインをつないで輸送する越冬用の大量の燃料はどーすんの???


接岸断念となる前から観測隊はすでに万が一のための準備を進めているとは

思いますがこれからとてつもなく大変なオペレーションが始まるんだと思います。

現地の52次、53次隊員には力を合わしてなんとか輸送をやりとげてもらいたいです


あーーー、うちの輸送ヘリも行ってれば大活躍できたのに、お手伝いできたのに

ここに居ても何もできないし、なんだか一人で今そわそわしてしまいます


がんばれ!日本!南極地域!観測隊!!!



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接岸不能

ドラマが放送されて以来、私のブログのアクセス数も少しですが

変化がありました。帰国してからだらだら更新していたブログですが

やはり反応があるとうれしいものです

そんな中、最近になって「接岸不能」という検索ワードでブログに

アクセスしてくる人が増えています

特に気にした事がなかったですが、一般の人からするとわかりにくい

言葉なのでしょうか??? と、言う事でせっかくなので「接岸不能」に

ついて説明してみます。


そもそも、ドラマの中でも触れられていましたが、南極昭和基地がある

プリンス・ハラルド海岸は一次隊が上陸するまで人類にとって未知の土地

インアクセサブル=接岸不能、つまり近づく事ができない特別な場所

だったと聞いています。どうせ日本には無理だろうと押しつけられた

場所に一次隊は見事辿りついたわけです


ではなぜ接岸不能なのか?それは南極大陸の中でも海が凍る場所には

不思議と規則制があるとか(?)例えば、ちょうど100年前に白瀬中尉率いる

南極探検隊が上陸したロス棚氷のクジラ湾は夏の間はほとんど海が凍らない

場所だったそう 中古の帆船を改造した開南丸でもなんとか湾内に入り

大陸に辿りつけたのですね。対して、昭和基地周辺はどうなのか?





それこそが、夏でも海が凍り人を寄せ付けなかった場所なのです。

これからドラマでもそこら辺の事について放送されると思うので、ここでは

あえて紹介しませんが、日本が誇る砕氷艦「しらせ(先代)」や世界一と

言われる最新鋭の2代目「しらせ」ですら、年によっては接岸するのにとても

苦労するのです。

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(基地を目指すしらせ、ちなみに写真奥に見える筋は去年の航跡)


私が参加した52次隊ですら、基地に辿りつくまで1500回近くに及ぶ

ラミング(チャージング)を行っています。





「ふじ」の時代は基地に近付けなくて(接岸できなくて)ヘリでほとんどの荷物

を基地まで運んだだとか、海氷に閉じ込められてダイナマイトで氷を割った

だとか、どうにもならなくて他国の船に救助されただとか様々な逸話があります。



長くなりましたが、そんなこんなで一次隊が辿りついたのはまさに奇跡

これからそこらへんがドラマでどう紹介されるかが楽しみですね



ちなみに昭和基地に接岸とは言いますが、岸壁も何もないので基地の近くに

アイスアンカーをとって停泊する事を、昭和基地では接岸と言っています。

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(昭和基地と接岸中のしらせ)

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テーマ : 南極大陸 - ジャンル : テレビ・ラジオ

ペンギンカメラマン

世界初の撮影に成功と報道された噂のペンギンカメラマン動画

国立局地研究所のHPでほんの一部だが公開されているのを見つけた

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実は南極で撮影直後に高橋隊員からオリジナルの動画を見せてはもらっていたが

世界初だとは知らず、ただ延々と続く潜水映像と陸に上がればひたすら

空が写っている動画でその時は「へぇ~」ぐらいにしか思っていなかった


しかしそこにはペンギンが餌を撮る映像や仲間と一緒に泳ぐ姿が撮影されており

とても貴重な映像である事はなんとなくわかった。帰国後この映像を解析し

論文にするとの事。自分はヘリで2人を送迎するぐらいしか携わっていないが

研究観測の成果が出れば同じ52次隊としてうれしいな~と思う




おまけ

復路の艦内でペンギン動画についてめざましテレビの生電話取材に応じる

産経新聞記者の芹沢氏

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早朝の生出演であったが、電話でめざましテレビに出るとの事から

当日は皆朝早くに起きて電話取材の様子を見守る計画であった、、、


が、、、


いつもどおり夜遅くまで飲んでいて朝起きれたのは自分だけであった(笑)

電話の向こうに大塚さんと生野アナがいたそうだが、近くで聞いていても

何にもわからなかった












しらせの魅力

本日、YouTubeでJR九州の幻となったCMとやらを見ました

これです→ 九州新幹線全線開業CM集 ←

CMに見入ってしまったのは初めてかな?なんだこれ???

見てるだけでなんだかよくわかりませんが感動しました


そして一気にいろんなバージョンを見続けた結果CMの曲が頭から

離れません


って事で勢いでこの曲に無理やりしらせの写真と動画を詰め込んで

勝手にプロモーションビデオを作ってみました



※一応言っておきますが南極で日本の航空法は適用されません


ちなみにJR九州のCM、30秒バージョンも結構好きです。

南極への道のり

おひさしぶりです 放置プレーなこのブログですが

手が空いた時にでも徐々に南極で取りためた写真や動画を

アップして行こうと思います。


そして今日はその第一弾

しらせによる南極までの道のりを動画にしてみました。

往路で撮った写真や動画を復路の船の中で編集した物ですが

観測隊や自衛隊員の方にも好評だったため公開致します。

それではどうぞ↓↓↓





さていかがだったでしょう?

懐かしいですね~ほんと良い経験でした


わけわからんって方のために一通り動画の内容を解説すると

以下のような感じです。

しらせ晴海出港式典→出港→豪州にて観測隊乗艦→豪州出港
→海洋観測を行いながら南下→暴風圏通過→南緯55度通過→
氷山視認→流氷域突入→白夜前最後の日没→ラミング航行
→氷海航行→自衛隊ヘリブレード取付け→観測隊昭和基地へ


しらせお帰り!


シドニーでしらせを降り一足先に帰国してからもうすぐ一ヶ月

南極にいた事をつい最近に感じたり、逆にものすごい昔のような

感じがしたりと変な気持ちな今日この頃ですが、ついにしらせが

帰国しました!

IMG_8652_R.jpg

と言っても実は数日前に母校横須賀へ入港していました。

震災の影響でシドニー出港を早め、予定より早く帰国。

晴海入港はなくなり同時に入港の式典も中止。ちなみに

観測隊は帰国歓迎会が中止で報告会は延期になっています。


そんなしらせは今日観測隊の物資を降ろすため大井埠頭へ

入港しました。ひさしぶりに見る船体(艦体?)はやはり

でかい!そして格好良い!なんだか頼もしい!?

IMG_8660_R.jpg

写真でわかるでしょうか?激しいラミングにより船体の

下の部分の塗装は剥がれ、一部は地が出ています。


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入港後すぐに機体をしらせ搭載クレーンで吊って降ろし

専用トレーラーに乗せ本社まで陸送。荷物も別のトラックで

発送し任務完了。

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各物資の荷降ろし日が違うため観測隊全員には会えません

でしたが、一部の隊員と懐かしの?再開

私は南極で一度も剃っていなかったヒゲを剃っているためか

何か違和感があると言われましたが、そんな皆さんも南極で

見ていた顔、格好とはずいぶん雰囲気が違い違和感がありました(笑)



ちなみに機体は本社到着後すぐに耐空検査(車でいうと車検)

に入ります。この点検整備も私が担当に

最後まで面倒見させて頂きます


ただいま!

って事で、かえりました!日本に帰ってきました!

昭和基地最後はバタバタで更新ができませんでした。そして東北の

震災の影響も心配されましたが20日のJAL便で無事帰国しました。

帰国後、家族と会い、本社へ挨拶に行き、先輩後輩へ近況報告をし

実家へ帰省し、両親に孫の顔を見せることができ、地元の友達に会い

幼なじみと再会し、などとやっているうちに日が経ち更新が遅れました。。。


改めまして、報告してなかった方々へ、私は無事帰ってきました。


昭和基地を離れ海洋観測を実施しながらシドニーへと向かっていた

しらせ艦内で東北の震災を知りました。艦内で聞こえてくる情報は

どれも信じられない内容。帰国後改めて新聞やニュースで事実を知り

ただただ唖然。


当社も震災関連で防災ヘリ、ドクターヘリ、委託運航ヘリ、緊急物資輸送

視察、空撮、報道とありとあらゆる業務にヘリ、飛行機を飛ばし皆必死で

働いてるとの事。早く自分も仕事に復帰し被災地のために何か出来ればと。



私が住む東海地方、私の地元の岡山では震災後でも特に普段と変わりない

生活が送れているように感じます。被災地では言うまでもなく大変な状況

だと思いますが、私の周りには家族がいて、友達がいて、同僚がいる。

ニュースで見る被災地とのギャップに何だかとても不思議な複雑な気分です。

この当たり前の生活が当たり前にできている今に本当に感謝しなければ。

そして一刻も早い災害地の復興を心より願うばかり。




南極の話は後日改めて。。。 ブログをやっている(やっていた)隊員も多いので

皆とは何か違う視点でできればと。